大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和26年(う)210号 判決

控訴人 被告人 金周善 外一名

弁護人 長谷川毅 外一名

検察官 木暮洋吉関与

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する

当審の訴訟費用は全部被告人河龍述の負担とする

理由

被告人両名の弁護人長谷川毅、岩沢誠の各控訴趣意被告人河龍述の弁護人であつた上田保の控訴趣意は別紙のとおりである

上田弁護人の控訴趣意について

原審において昭和二十六年一月五日同年一月十六日の公判期日を同月十一日に変更し該期日を弁護人手島胤則に通知することなく同弁護人不出頭の侭同日公判を開廷し同公判廷において証人の取調をなし右公判期日に次回公判期日を同年一月三十一日と指定し同様弁護人手島胤則に該期日を通知することなく同日開廷して証拠調をなしたことは所論のとおりであるしかしながら記録によると弁護人も認めているとおり最初に公判期日の変更決定をした日である昭和二十六年一月五日被告人両名から弁護人手島胤則が病気のため一月十一日の公判期日に出頭できず長期の療養を要するとのことであるから弁護人を選任されたい旨の申出があり診断書の写には同弁護人が脳溢血に罹つた旨の記載があるので原審においては一月十一日の公判期日に右弁護人の疾病が長期に亘り審理の遲延を来す虞があるから同弁護人を解任し被告人等のため新たに他の弁護人を選任することについて意見を求め被告人等も新たに弁護人を選任せられたい旨述べたので国選弁護人手島胤則を解任し(手島弁護士は被告人河龍述の国選弁護人であつたのと同時に被告人金周善の私選弁護人であり原審第三回公判調書に被告人等の弁護人手島胤則を解任しとあるのは被告人河龍述の国選弁護人手島胤則を解任した趣旨と解するのであるが)被告人等のため新たに国選弁護人として弁護士木田文次郎を選任し以後同弁護士出頭の下に公判手続を進行していることが認められる

それで刑事訴訟規則第百七十九条の五及び同第百七十九条の六による新たな国選弁護人の選任による訴訟手続の進行は弁護人よりやむを得ない事由による公判期日変更の請求があつた場合はじめて許さるべきものであるかどうかについて考えて見るに右の条項は要するに被告人の利益を害することなしに極力審理の遲延を防止するために設けられたものであつて同規則第百七十九条の五の第一項及び第百七十九条の六の第一項は弁護人に公判期日の変更を必要とする事由が生じた場合急速に裁判所にこれを知らせ裁判所をして訴訟遲延を防止する措置を構じ得るよう弁護人に直ちに公判期日変更の請求をなすべき義務を負はせたに過ぎないのであつて弁護人より公判期日変更の請求がない場合においても弁護人に公判期日の変更を必要とする事由が生じそれが長期に亘り審理の遲延を来たす虞があると思料するときは裁判所は職権を以つて同規則第百七十九条の五の第二項第三項の規定に従い国選弁護人を選任し或は同条の六の第二項の規定に従い公判期日の変更を必要とする事由の生じた国選弁護人を解任し新たに国選弁護人を選任して訴訟手続を進行し得るものと解するそして本件の場合は被告人等より手島弁護人が病気にて長期の療養を必要とする故新たに国選弁護人を選任されたい旨の申出あり同弁護人の病状が脳溢血であることを思えば同弁護人の出頭を待つて公判を開くにおいては審理の遲延を来すことが明らかであるから審理の遲延を来すものと認めて被告人河龍述については手島弁護人の国選を解任し新たに両被告人のため弁護士木田文次郎を国選弁護人として選任し訴訟手続を進行したのは相当な措置といわなければならないそして公判調書を調査して見ると新たに選任せられた木田弁護人は被告人等のため証人に対し詳細な尋問をして居りこれから見れば同弁護人は予め事件につき被告人等に問いただし被告人のための弁護権を行使するにつき遺憾のないようにしていたことが窺はれるのであつて裁判所の執つた前記措置により被告人の利益を害した点があるとは認められないから手続違背若くは不法に弁護権を制限した点はないものというべきである

然らば金周善の私選弁護人であつた弁護士手島胤則に公判期日の通知をせずに国選弁護人木田文次郎が出頭しただけで公判手続を進行したことの適否についてはどうかというに弁護人が選任されている以上これに公判期日の通知を要すること勿論であるけれども本件の場合最初公判期日を変更した日において被告人等より弁護人手島胤則が別紙診断書の通り病床にあり一月十一日の公判期日には出頭できないから国選弁護人を選任されたい旨申出で手島弁護人の作成した同弁護人に対する医師の診断書の謄本を添付しているのであつて同弁護人の諒解のもとに期日に同弁護人が出頭できないことと国選弁護人選任方とを申し出たことが窺はれるのであり弁護人が公判期日を知りながらこれに出頭できないことが明らかな場合において裁判所が弁護人に公判期日を通知せずに刑事訴訟規則第百七十九条の五の規定により国選弁護人を選任し訴訟手続を進めても不当に弁護権を制限したことにはならないものというべく新たな国選弁護人の選任による訴訟手続の進行が被告人の利益を害するものでなかつたことも先に説明した通りであり従つて本件においては不法に被告人等の弁護権を制限した点はないから公判手続は適法に行われたものというべく原判決に証拠として該公判における証人作田繁雄の供述及び公判において証拠調をした被告人河龍述の副検事に対する供述調書を引用しても何等手続に違背するものではなく採証の法則に違反するものでもない所論は独自の見地に立つて原審の公判手続を論難するものであつて採用し難く論旨は理由がない

長谷川弁護人控訴趣意について

原判決であげた証拠によれば原判示事実を認めることができるのであつて弁護人が引用した被告人若くは証人の右認定に反する供述部分は原審が採用しなかつたところでありこれをとつて原判決を論難するのは当らない

岩沢弁護人の被告人金周善に関する控訴趣意第一点同河龍述に関する控訴趣意第一点について

要する原判決挙示の証拠によれば原判示事実をいずれもこれを認めることができ弁護人の引用する供述部分は原審が採らなかつたところで論旨は理由がない

同弁護人の河龍述に関する控訴趣意第二点について

しかしながら原判決には被告人河龍述の副検事に対する供述調書の記載の外原審証人作田繁雄の供述をも引用しているのであつて右供述調書記載の被告人の自白のみによつて所論の知情の点を認定したものではないから論旨は当らない

以上本件控訴はいずれも理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条に則りこれを棄却すへく訴訟費用の負担については同法第百八十一条第一項を適用し主文のとおり判決した

(裁判長判事 竹村義徹 判事 西田賢次郎 判事 百村五郎左衛門)

弁護人上田保の控訴趣意

一、原審はその訴訟手続に法令の違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすことが明かである。

(一)、記録を精査すると、原審裁判所は昭和二十五年十二月二十二日の公判期日に次回公判期日を昭和二十六年一月十六日と指定告知したが、昭和二十六年一月五日右期日を同年一月十一日に変更したのであるが、右一月十一日の公判期日を被告人金夫良吉こと金周善同山本金次郎こと河龍述の弁護人手島胤則に告知することなく且同弁護人不出頭の侭右期日に公判を開廷し証人下岡勇四郎同海道政善同葛西清同作田繁雄の取調を為し右公判期日に次回公判期日を同年一月三十一日と出廷の訴訟関係人に指定告知したが弁護人手島胤則には告知することなく且同弁護人不出頭の侭右期日に公判を開廷し証人新谷正二の取調、検察官提出に係る被告人金夫良吉こと金周善同河龍述に対する各検察官作成の供述調書を証拠書類として取調べた。

(二)、尤も被告人等から提出された昭和二十六年一月五日附各届書(記録第三十四丁及び第三十五丁)によると弁護人手島胤則は別紙診断書(記録第三十六丁)の如く脳溢血で病床にあるから右一月十一日の公判期日には出頭出来ないから裁判所で然るべき弁護人を選任して貰いたい旨の記載があり且右公判期日の調書によると裁判長は被告人金周善から弁護人手島胤則は病気の為出頭出来ないと診断書を提出して来たが右弁護人の疾病が長期に亘り審理の遲延を来たす虞があるので同弁護人を解任し右被告人等の為め新たに他の弁護人を選任することについて意見を求め被告人等は可然選任願いたいと述べたので被告人等の弁護人手島胤則を解任し被告人等の為め新たに国選弁護人として木田文次郎を選任する旨の記載があるので原審裁判所は手島胤則を私選弁護人とする(記録第十四丁弁護人選任届参照)被告人金周善に対しては刑事訴訟規則第百七十九条の五によつて弁護人木田文次郎を選任し、手島胤則を国選弁護人とする(記録第八丁弁護人選任決定書参照)被告人河龍述に対しては同規則第百七十九条の六によつて同弁護人を解任し、弁護人木田文次郎を選任したかの如く一見されるのである。然し刑事訴訟規則第百七十九条の五及び同第百七十九条の六は私選弁護人或は国選弁護人が公判期日の変更を必要とする事由が生じたときは直ちに裁判所に対し同規則第百七十九条の四第一項の手続を為すべく右手続による弁護人の公判期日変更の申立があつたとき裁判所はその事由やむを得ないものと認める場合においてその事由が長期にわたり審理の遲延を来たす虞があると思料するときしかも著しく被告人の利益を害する虞がないとき所定の手続を経て私選弁護人の場合は他の弁護人を選任し、国選弁護人の場合はその弁護人を解任して他の弁護人を選任して開廷し得ることを定めたものであつて右公判期日の告知を得なかつた為め之を知るよしもない手島弁護人からその公判期日の変更を申出るわけもなければ又記録上同弁護人の右期日変更申出がない本件訴訟手続に於ては前叙各被告人の届書及び一月十一日の公判調書記載の如き手続によつて公判期日を手島弁護人に通知しなかつた違法を免かれることは出来ない。

(三)、しかも同規則第百七十九条の五・六ともに、著しく被告人の利益を害する虞なき場合に限つて裁判所又は裁判長が他の弁護人を選任し得るのであつて本件の如く被告人等は共にその賍品であることを知らなかつたと犯意を争つており、検察官はこれを立証する為め証人の取調を申出て右一月十一日の公判に於てその尋問を為す段階にある場合仮令被告人等の同意があつたとしても其の公判廷で他の弁護人を選任し被告人等と新弁護人との間に何等事件に付打合せを為す機会を与へず直ちに公判を続行して証人尋問を行ふが如きは著しく被告人の利益を害するものであり不法に弁護権の行使を制限した違法があるものと云はなければならない。

(四)、右公判調書によれば裁判長は手島弁護人を解任し被告人等の為めに新たに他の弁護人を選任することについて意見を求めたところ被告人等は可然選任願いたいと述べた旨の記載がある。手島弁護人は被告人金周善の私選弁護人であるから裁判所又は裁判長が被告人金周善の同意があつたとしても之を解任し得ないことは明かであるから右裁判長の解任は無効であつて同弁護人は依然として同被告人の弁護人であるが、右被告人の答述を右被告人に於て裁判所が右弁護人の不出頭に拘らず審理を為すことに異議なき趣旨を明かにしたものと解するとしても弁護人に公判期日を告知せずして弁護権を不当に制限された場合に於て被告人のみが之に異議を述べない旨を陳述したからとて之によつて其の瑕疵が除去せらるるものではない。若し又被告人金周善の右答述の趣旨を不出頭の弁護人を解任したものと解したとしても前叙の如く突然の他の弁護人の選任は著しく右被告人の利益を害するものであるから不当の弁護権の制限であつて違法と断ぜざるを得ない。

(五)、然らば右手続は不法に被告人等の弁護権の行使を制限した違法があること明白であつて右手続に於ける前示各証人並に各証拠書類の取調は当然違法であることを免れないから之等証人の供述並に証拠書類は之を罪証に供することが出来ない。然るに原判決は証人作田繁雄の供述並に被告人河龍述の副検事に対する供述調書を引用して被告人河龍述に対する賍物運搬の事実を認定する証拠に供したのは採証の法則に違背するは勿論其の違法は事実の確定に影響を及ぼすものであるから破毀さるべきものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例